成長したくないわけじゃない。成長の主導権を自分に戻したいだけ。

会社を卒業する日まで

「50歳で会社を辞めようと思っている。」

そう話すと、ときどきこんな反応をされることがある。

「もう頑張りたくないんだね。」
「成長することに疲れたんだね。」

でも、その受け止め方には少しだけ違和感がある。

私は今でも成長したいと思っている。

興味のある分野については、もっと知識を得たい。

ブログも、読みやすくて誰かの心に残るものを書けるようになりたい。

Webの知識も身につけたいし、AIももっと使いこなせるようになりたい。

資産運用のことも深く学びたいし、山登りではいつか憧れの山にも挑戦してみたい。

興味があることは、今でもたくさんある。

だから私は、成長したくないわけではない。

ただ、「何に向かって成長するのか」を、自分で決めたいだけなのだ。

会社の成長と、自分の成長は同じだった

会社員として働いていると、半年や一年ごとに目標を立てる。

新しい役割を任され、新しいスキルを身につけ、成果を出し、その結果として評価される。

20代、30代、そして40代前半までは、そのサイクルが心地よかった。

できなかったことができるようになる。

責任ある仕事を任される。

評価される。

給料も少しずつ増えていく。

会社の期待に応えながら成長していくことが、そのまま自分自身の成長でもあった。

だから夢中で走ってきた。

振り返れば、会社には本当に育ててもらったと思う。

仕事の進め方だけではない。

人との関わり方も、問題の解決方法も、考え方も、たくさん学ばせてもらった。

今の自分があるのは、その積み重ねのおかげだ。

だから会社に対して不満があるわけではない。

むしろ感謝している。

「次はこれを頑張ろう」に感じた違和感

ただ、45歳を過ぎた頃から少しずつ違和感を覚えるようになった。

「次はこれを頑張ろう。」

その「これ」を決めているのは、いつも会社なんだ、と。

もちろん、それは当たり前のことだ。

会社には会社の目標があり、その目標を実現するために社員を育てる。

組織として考えれば、とても合理的な仕組みだ。

誰も悪くない。

でも、人生の後半に差しかかった私は、少し違うことを考えるようになった。

私は本当は何を学びたいんだろう。

何ができるようになりたいんだろう。

その答えを考えたとき、会社が期待する成長と、自分が望む成長が少しずつ重ならなくなっていた。

管理職としてもっとマネジメントを極めることよりも、会社の外も生きていく力を磨きたい。

新しい業務知識を増やすことよりも、自分の興味のある分野についての知識を深めたい。

評価制度のための資格ではなく、自分の暮らしを豊かにする知識を学びたい。

そんな気持ちが、年々強くなっていった。

人生の後半は、好奇心に育ててもらいたい

人生には、「誰かに育ててもらう時期」と、「自分で自分を育てる時期」があるのかもしれない。

前半は、会社という環境が私を育ててくれた。

だから今の私がある。

でも後半は、自分の好奇心に育ててもらいたい。

読みたい本を読む。

行ってみたい場所へ行く。

学びたいことを学ぶ。

「役に立つから」ではなく、「面白そうだから」という理由で挑戦してみる。

そんな成長があってもいいと思う。

効率や評価を気にしない学びは、一見遠回りに見えるかもしれない。

でも、その遠回りこそが、人生を豊かにしてくれるのではないだろうか。

成長の主導権を、自分に戻したい

私は成長をやめたいわけではない。

挑戦をやめたいわけでもない。

ただ、会社というレールの上で成長し続ける人生から、一度降りてみたい。

そして、自分の足で歩きながら、自分が進みたい方向へ成長していきたい。

人生の前半は、会社の目標に向かって走ってきた。

人生の後半は、自分の好奇心をコンパスにして歩いてみたい。

それが、私が50歳でサラリーマンを卒業したい理由の一つなのだ。

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書いた人:夕凪 47歳。
50歳以降の生き方を考えながら、断捨離や旅、資産づくりの記録を残しています。

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