人生には、使えるエネルギーの総量がある
人には、それぞれ使えるエネルギーの総量があるのだと思う。
もちろん体力の話だけではない。
集中力や気力、誰かのために考える力、新しいことに挑戦する力。そういう「人生のエネルギー」には、人それぞれ限りがある。
同じ24時間を過ごしていても、仕事で成果を出しながら、趣味も思い切り楽しみ、休日には新しいことにも挑戦している人がいる。
私は、そういうタイプではなかった。
仕事に全力を注げば、家に帰る頃にはエネルギーはほとんど残っていない。
今日は何を食べよう。
お風呂に入ろう。
明日の準備をしよう。
そんなことをこなすだけで一日が終わる。
「今日は本を読もうかな。」
そう思ってソファに座っても、数ページ読んだところで眠ってしまう。
そんな日を何度も繰り返してきた。
長い間、それが普通だと思っていた。
気づけば、会社のために使っていた
管理職として働き、会社の目標を達成する。
部下の相談に乗り、トラブルがあれば対応し、数字を追い、評価される。
会社から求められる役割に応えようと、私は持っているエネルギーを惜しまず仕事へ注いできた。
もちろん、その時間を後悔しているわけではない。
あの経験があったから身についたことも多いし、今の自分をつくってくれた時間でもある。
だから「会社のせいで人生を失った」と言いたいわけではない。
ただ、ある日ふと気づいた。
私の人生のエネルギーは、そのほとんどを会社のために使ってきたのだと。
好きなことは、いつも「残り時間」だった
本を読むことが好きだった。
映画館で映画を観る時間が好きだった。
山を歩いて季節の景色を眺めることも好きだ。
ブログを書き、自分の考えを言葉にすることも楽しい。
新しい知識を学び、自分の世界が少し広がる感覚も好きだった。
好きなことはいくらでもあった。
でも、それらはいつも仕事のあとだった。
仕事を終え、家事を終え、それでも少しだけ残っていたエネルギーで楽しむもの。
つまり、「余ったエネルギーでやること」だった。
私には、仕事と趣味を両立するのが難しかった
もし私が、もっと肩の力を抜いて働ける人だったなら。
仕事を八割くらいの力で続けながら、趣味も人生も楽しめるタイプだったなら。
きっとこんなことは考えなかったのかもしれない。
実際、そういう働き方ができる人もいる。
仕事も楽しみ、家族との時間も大切にし、自分の趣味も充実させている人を私は何人も見てきた。
その生き方を羨ましいと思うことはある。
でも、人には向き不向きがある。
私は仕事を始めると、どうしても全力になってしまう。
任された仕事はきちんとやりたい。
期待には応えたい。
困っている人がいれば放っておけない。
そうやって気づけば、自分のエネルギーをほとんど使い切ってしまう。
サラリーマンを卒業したい理由
だから私は、「50歳で会社を辞めたい」のではなく、「サラリーマンを卒業したい」と思っている。
会社を一番に考える人生から卒業したい。
会社の予定を中心に一年を組み立てる生活から卒業したい。
もちろん、働くことをやめたいわけではない。
私は仕事そのものが嫌いなわけではない。
目標が達成できれば自己肯定感も上がるし、人に喜んでもらえることも嬉しい。
できなかったことができるようになりたいし、新しい知識を学び続けたい。
これからも、きっと働き続けると思う。
ただ、その順番を変えたい。
会社の都合に自分の人生を合わせるのではなく、自分の好奇心に仕事を合わせたい。
人生の主導権を、自分に戻すために
「今日は映画を見よう。」
「午後は本を読もう。」
「天気がいいから山へ行こう。」
そんなふうに、自分の心が向く方向へエネルギーを使える毎日を送りたい。
人生の後半は、残っているエネルギーを誰のために使うのかを、自分で決めたいと思う。
会社のためだけではなく、自分の学びのために。
好きな人との時間のために。
心が動く景色を見るために。
そして、未来の自分を少しずつ育てていくために。
私にとって50歳は、仕事を終える節目ではない。
人生の主導権を、自分に戻す節目なのだ。
これからは、人生のエネルギーを何に使うかを、自分自身で選びながら生きていきたい。
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書いた人:夕凪 47歳。
50歳以降の生き方を考えながら、断捨離や旅、資産づくりの記録を残しています。



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