今週末は一人で登山へ行こうか迷っている。
本当は行きたい。
しかし私は朝が本当に弱い。
人との約束がなく一人の予定だと朝になってから、「眠いな」「暑そうだな」「来週でもいいか」と思ってしまう。
そんな経験を何度も繰り返してきた。
行けば楽しいことは分かっている。
帰ってくる頃には必ず、「やっぱり来てよかった」と思う。
それなのに、朝の自分だけは別人のように「今日はやめよう」と言い出す。
そんな自分について、私はずっと「意思が弱いんだ」と思っていた。
でも、今回あらためて考えてみて気づいたことがある。
私は意思が弱いわけではない。
ただ、朝の自分に任せてはいけないことがあっただけなのだ。
朝の自分は、「やるか、やらないか」を決めるのに向いていない。
考えてみれば当たり前だった。
朝4時。
外はまだ薄暗い。
眠気はピーク。
そんな状態の自分に、
「今日は登山へ行く?」
と聞いている。
冷静に考えたら、かなり無茶な話だ。
朝の自分は、二度寝以外の判断が苦手だ。
朝の自分の最優先事項は、ただ一つ。
「もう少し寝たい。」
それだけなのだから。
朝の自分は悪くない。
役割が違うだけだ。
朝の自分は睡眠担当。
だから、その日の行動を決める役には向いていない。
元気な自分が決めたことを、眠い自分が変えない
夜になると私は思う。
「今週末は山へ行こう。」
「片付けを進めよう。」
「早起きして〇〇をしよう。」
そのときの私は、未来の自分が喜ぶことをちゃんと分かっている。
登山へ行けば気持ちいいことも。
片付けが終われば部屋がスッキリすることも。
早起きして何かをして達成感を得ることも。
全部知っている。
だったら、その元気な自分が決めた予定を、翌朝の眠い自分が勝手に変更してはいけない。
そこで思いついた言葉がある。
「朝の自分に、決定権を与えない。」
この言葉が、妙にしっくりきた。
朝は考えない。
前日に決めたことを、そのまま実行するだけ。
それだけでいい。
自由になるほど、自分との約束が増える
私は50歳で会社を辞めたいと思っている。
会社員の間は、毎日の予定の多くが、既に決まっている。
出社時間も、会議も、締切もある。
だから、多少眠くても会社へ行く。
でも会社を卒業したら違う。
「今日は何をするか」
を決めるのは自分になる。
自由なのは嬉しい。
でも、その自由には責任もある。
もし毎朝、
「今日はやめようかな。」
「来週でいいかな。」
を繰り返していたら、せっかく手に入れた自由を、自分でつまらないものにしてしまう。
だから今、登山を通して練習したいことは、体力だけではない。
自分との約束を守ること。
その力を少しずつ育てていきたい。
登山は、未来の自分を作る練習
今回の登山は、山頂に立つことだけが目的ではない。
朝、ちゃんと家を出ること。
自分で決めたことを、自分で実行すること。
途中でルートを変更してもいい。
山頂まで行けなくてもいい。
でも、「今日は行こう」と決めた自分との約束だけは守ってみたい。
そう考えると、登山は単なる趣味ではなくなった。
未来の自分を作る練習になる。
おわりに
人はよく、「自由になりたい」と言う。
私もそう思ってきた。
でも最近は、自由とは好き勝手に過ごすことではなく、
「自分で決めたことを、自分で実行できること」
なのかもしれないと思うようになった。
だから、これからの私の合言葉はこれにしようと思う。
「朝の自分に、決定権を与えない。」
朝の私は睡眠担当。
二度寝以外の判断は、昨日の私に任せることにした。
そんな小さなルールが、これからの自由な人生を、少しずつ楽しくしてくれる気がしている。
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書いた人:夕凪 47歳。
50歳以降の生き方を考えながら、断捨離や旅、資産づくりの記録を残しています。



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